ハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーション(HPIA)とは

米国ハワイ州にあるハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーションは、栄養たっぷりで良質なハワイ育ちのパパイヤを世界中に普及させるため、パパイヤの栽培、流通、販売や様々な活用情報などパパイヤに関わる全てのことに取り組み、パパイヤ産業の発展に貢献します。

パパイヤに関するあらゆる研究、教育、そして協力を通じて、パパイヤ産業の発展に全力を注ぎ、
アロハ(愛情)をたっぷり受けたおいしいハワイ産のパパイヤを、おいしいままあなたの元へお届けします。

ハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーションの歴史

1910年、ハワイにあるビショップ博物館の植物学者、ガリット P. ウィルダー博士が、ソロ・パパイヤをハワイに紹介したことにより、ハワイでのパパイヤ栽培が始まりました。その後、ソロ・パパイヤの大規模栽培が行われ、ハワイの主要産業となりました。(注記:「ソロ」という呼び名は、当時ハワイ試験場で働いていたプエルトリコ人がそう呼び始めたことに由来します。「ソロ」はスペイン語で「一つ」または「一人」の意味。この果実が一人で一個食べてしまえるほどのサイズだったということで、それ以来この呼び名が定着しました。)

1965年11月13日、ハワイ州ヒロ市に「ハワイ・パパイヤ産業」が正式に組織され、由緒あるヒロホテルにて、「ハワイ・パパイヤ生産者組織」の初の会合が開かれ、生産者、梱包業者、卸売業者、出荷業者、ハワイ大学および政府関係者などを含む約150人が出席しました。会合では、ただの販売組合をつくることではなく、ハワイのパパイヤ産業に関わる全ての人たちを組織化し、ハワイにおけるパパイヤ産業のさらなる発展のための話し合われました。これがハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーションの始まりです。

しかし、パパイヤ産業にとってマーケティングが深刻な問題となりました。独占禁止法の適用対象となり、討論の末、マーケティングオーダーへの道を検討する運びとなりました。1971年5月、パパイヤ産業は米国農務省下の組織の一つである連邦マーケティングオーダーになりました。

1978年、ハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーションは、マーケティングオーダーの補助とそのビジョン達成のために、ハワイ州において非営利団体として法人化されました。1990年、壊滅的なパパイヤ輪点ウィルスの影響でパパイヤ生産に前例のない経済損失をもたらしましたが、遺伝子組み換えのレインボーパパイヤの開発・栽培がハワイの主とした活動になりました。

2002年に、マーケティングオーダーが取りやめになりましたが、ハワイ・パパイヤ・インダストリー・アソシエーションはハワイ州のパパイヤ産業発展のために現在も活動を続けています。